“ながら運転”が突き付ける現実――子ども・自転車・高齢者を取り巻く交通事故の再来
投稿日 2025年12月8日 17:55:15 (コラム)
近年、日本では運転中のスマートフォン操作などいわゆる「ながら運転」による交通事故が再び増加傾向にある。報告では、2024年には自動車運転者による携帯電話使用中の死傷事故が過去最高を記録。これはドライバーだけでなく、自転車運転者の事故も含まれ、自転車乗用中の重傷事故が増えているとの報告もある。こうした統計の背景には、デジタル機器の普及と「ながら運転」の軽視、そして運転に対する危機感の薄さがあるとされる。
しかしこの問題は単なる統計上の数値ではない。特に歩行者、自転車利用者、通学児童、高齢者など社会の“弱者”が犠牲になりやすい構造が浮き彫りになっており、「交通安全」という社会的合意が今、改めて試されている。
実際に2025年にも、子どもを狙ったとみられる事故やひき逃げ、自転車事故が相次いでいる。例えば、小学生の集団下校中に車が突っ込み重軽傷者が出た事件や、歩道・路肩のない道路で子どもたちが車両にはねられるケースなどが報告されている。
また、自転車側の“ながらスマホ”による事故も多く、特に若年層の負傷者が目立つという。加えて、高齢者の自転車死亡事故では、単独事故や夜間の転倒・衝突などが増えており、これも重大な社会課題となっている。
これらの事故はいずれも、「加害者が悪意を持って……」というわかりやすい構造だけでは語れない。歩行者と自転車、車が混在する都市空間、老若男女が交錯する通勤・通学経路、増える高齢者──。社会の構造変化が、安全を不安定にしている。
こうした現実を受けて、法制度も変化してきた。最近、自転車でのスマホ使用や酒気帯び運転の禁止などを含む新たな交通規制が施行され、「ながら運転」による事故抑止を狙った取り組みが強化されている。さらに、事故防止のために「構え運転(足をブレーキに触れて常に準備する運転)」など安全運転の啓発も広がっている。
しかし、制度だけで事故が減るわけではない。多くの事故は、「ルールを知らなかった」「意識が甘かった」「慣れ」「ちょっとした不注意」という“日常の油断”から起きる。加えて、歩道と車道の設計の不備、夜間の照明や見通しの悪さ、通学・通勤時間帯の混雑――。これらは単なる個人の問題ではなく、都市設計や社会の成熟度、コミュニティの意識にも関わる。
また、「子ども」「高齢者」「自転車利用者」といった社会的弱者の安全を、日常的にどこまで守れるか。ここに社会の本質的な問いがあるように思える。
「ながら運転」増加による交通事故の多発は、決して運転者個人だけの問題ではない。社会全体で築いてきた「歩く人、自転車、人を載せる車」の共存——このバランスが今、崩れかけている。
法制度の改正や安全教育は進みつつある。しかしそれだけでは不十分だ。私たち一人ひとりが運転行動を省みること。都市の道路・歩道デザインを見直すこと。子どもや高齢者、自転車利用者ら様々な立場の人々が安心して移動できる社会の仕組みを、行政も含めて再構築すること。
もし私たちがこの問題を「自分ごと」として受け止められなければ、事故の犠牲者はこれからも後を絶たないだろう。そして犠牲となるのは、しばしば声をあげにくい人たちだ。
──この社会で「安全な移動」は、すべての人の当たり前であってほしい。だからこそ、今、私たちは「ながら運転」と向き合う責任を、改めて自覚すべきなのだ。